ひまがあれば海外~女子一人旅

ちょっとしたお休みをみつけては週末弾丸で近場の海外へ。年数回の長期休暇ではちょっと遠いところへ。

週末ポーランド その8 巨大すぎた、ポーランド風カツレツ。

ポーランドの週末旅。
夕食はポーランドの名物料理のひとつ、ポーランド風カツレツ♪

週末ポーランド 2日目 ③

旧市街にあるレストラン、Szalone Widelceにやってきました。
Trip advisorでクラクフのレストラン、1340軒中50位となかなか高評価です。

夕食 (14)

結構お客さんがいたので、何とか撮った一枚ですが店内の様子。
カントリー調でかわいい内装です。

夕食 (11)

まずはコーラ。一日歩いて疲れました。

夕食 (3)

ポーランド風カツレツとピエロギ(水餃子)を注文。
すると、パテとパンが出てきました。
何のパテか良く分からなかったけど、結構おいしい。

夕食 (2)

そして、サラダ。

夕食 (9)

しばらくすると、メインのカツレツがやってきました。

夕食 (7)

おや、これは食べきれるのだろうか。かなり巨大です。
しかもピエロギも注文しちゃいましたよ。

夕食 (5)

カツレツはちょっと大味ですが、サクッとしてるし、比較的薄いので、
結構頑張れました。チーズとキノコが乗っててその塩味がおいしいです。

ピエロギの中身はポテト。
ロシアで食べたペリメニを想像して小さいものかと思ったら結構大きい。
皮が厚いし中身がポテトなのでお腹に貯まります。さすがに完食はできず。

お会計はコーラ6PLN、カツレツ29.9PLN、ピエロギ14.9PLNでした。
全部で約1500円くらいでしょうか。安いですね。

この後は夜の旧市街をちょっとお散歩します。
続きは次回にしますね。
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週末ポーランド その7 世界遺産、ヴィエリチカ王立岩塩抗☆

ポーランドの週末旅。
世界遺産、ヴィエリチカの王立岩塩抗を訪れます。

週末ポーランド 2日目 ②

午前中にアウシュビッツ=ビルケナウ強制収容所、
午後にヴィエリチカの王立岩塩抗へ行くツアーに参加しました。

午前中の見学を終えてバスに戻るとランチが用意してあって、
車内で食べながら移動します。なんと効率的。

1時間30分くらいでヴィエリチカに到着です。
毎度慣れっこですが、絶賛修復中です。
仕方ないですね。

Wieliczka (3)

チケットとここでもガイドツアーでのみ内部は見学できるので、
イヤホンガイドを配ってくれます。

Wieliczka (4)

まずはひたすら階段を下っていきます。
目が回るレベルで続いています。

Wieliczka (7)

ようやく下り終えて深さ64mのレベル1の階。
崩落しないように丸太をいくつも積み重ねてあります。

Wieliczka (15)

坑内にはところどころに塩でできた彫刻があります。

これはポーランド出身(←知らなかった)の天文学者、コペルニクスの像。
ワルシャワでも見かけたのでうすうすそうかなって思ってましたけど。

Wieliczka (18)

天井とか壁とか見ると塩が析出してたりします。
ガイドさんがその辺適当に触ってなめてみていいよって言うんで、
なめてみたら塩味でした。当たり前ですね。

そしてこの岩塩抗発見の経緯となった「キンガ姫の指輪事件」
のジオラマも塩でできています。

Wieliczka (21)

「キンガ姫指輪事件」
ハンガリー王女、キンガ姫は一生独身でいるつもりだったので、
ポーランド国王との結婚が決まったものの、婚約指輪をハンガリーの岩塩抗に投げ捨ててしまいます。
キンガ姫がポーランドへ嫁いで約10年後のことです。
当時ハンガリーから岩塩を輸入していたポーランドのヴィエリチカの岩塩倉庫で王女の指輪が発見されます。ヴィエリチカではそれ以前から岩塩の採掘は行われていましたがこれをきっかけに国の事業として本格的にヴィエリチカの採掘を開始。
すると大規模な岩塩床が発見されたのです。

ってな内容のお話です。

その後もぽつぽつと塩の彫刻があります。
ポーランド王、カジミールの像。

Wieliczka (32)

小人たちのメルヘンな塩の像。

Wieliczka (40)

そしてついに聖キンガ礼拝堂!

Wieliczka (56)

シャンデリアまで全部塩でできてるんですよ!
感動の美しさです。

Wieliczka (84)

礼拝堂内部で撮影するには10PLNのチケットシールを購入する必要があります。
私はちゃんと買いましたがほとんどの人が無視してた気がします。

この後塩湖でミニコンサートみたいなのがあって、お土産屋さんへ。
お料理用のお塩が販売されていたり、

Wieliczka (100)

バスソルトも売ってました。
1個3PLN(約100円)で、そんなに重くはないのでバラマキ土産にも。
私は自分に2つほど購入しました。

Wieliczka (108)

お料理用のお塩は重過ぎるので断念しました。
この後、すぐ近くに上にでるエレベータがあったので、このまま見学終了。
と思われたのですが、なぜかかなり歩いて遠くのエレベータで上がって、
全然入口と違う場所から地上に出たのでまた入口まで戻ってきました。

18:00頃ここを出て18:30頃にはクラクフ市内に戻ってきました。
めちゃくちゃ予定通りでした。
朝の迎えも時間ぴったりでしたからね。素晴らしい。
Viatorで申し込みましたけど、このツアーとても良かったです。

この後はクラクフでポーランドの名物料理を頂きます。
続きは次回にしますね。
最後まで読んでくれてありがとうございました!

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週末ポーランド その6 アウシュビッツ=ビルケナウ収容所。

ポーランドを考えたとき、まず先に浮かんでしまうのがアウシュビッツ=ビルケナウ強制収容所です。
ナチス・ドイツが第二次世界大戦中に行った人種差別によるホロコースト(大量虐殺)で想像を絶する被害者を生み出した強制収容所です。

週末ポーランド 2日目 ①

現地ツアーでアウシュビッツ=ビルケナウ収容所とヴィエリチカ王立岩塩鉱を訪れました。
午前中にアウシュビッツ=ビルケナウを訪問します。

クラクフからは車で1時間半くらいです。
朝8時過ぎに迎えに来てくれて他の参加者も迎えに行って8時半頃クラクフを出発。
バス車内ではアウシュビッツ強制収容所に関する映像を流してくれました。
10:15頃には入口に到着です。

Auschwitz (1)

実はここ、入場料は無料です。
でも見学は基本的に予約制でオンシーズンは決まった時間以外は見学にガイドが必要です。
ここはただ見るだけでなく、説明を聞かないと良く分からない部分が多いと思います。

日本語の公認ガイドさんが一人だけいらっしゃるのですが、
希望の日に予約できるかという問題、人数がいないとかなり高額になってしまう問題
があり、英語のガイドさんのツアーで参加することにしました。

私たちのツアーグループは年配の女性ガイドさんが担当してくれました。
ガイドさんの説明はイヤホンで全員が聞けるようになっています。

ちなみにA4サイズ以上のバッグなどの荷物は持ち込めませんので注意が必要です。
入口でセキュリティチェックもあります。

アウシュビッツ強制収容所の正門。

Auschwitz (10)

「ARBEIT MACHT FREI」(働けば自由になる)と書いてあります。
働いても自由になどなれません。
この歴史的な門の看板が何者かに盗まれ損傷されたというから驚きです。
なので、これは多分レプリカで本物は厳重に保管されているようです。

どこまでも続くように見える有刺鉄線。
当時は220Vの高圧電流が流れていました。

Auschwitz (14)

かなりの数の人々が収容されていたことが分かります。

Auschwitz (18)

建物の中に入り、ガイドさんは写真で当時の様子を説明してくれました。

Auschwitz (36)

館内には様々なものが展示されています。
強制収容所で使われていたサイクロンBの空き缶(青酸化合物の毒ガス)。

Auschwitz (53)

被収容者の持ってきたカバンや靴。

Auschwitz (64)

Auschwitz (65)

被収容者は髪の毛を剃られるのですが、おびただしい量のその髪の毛も展示されていました。
(撮影禁止)
髪の毛は工場に送られて絨毯などの材料にされたりしたんだそうです。

あと眼鏡や義足などもあったのですが、ガイドさんが
「この所有者たちがどうなったかは想像がつくでしょう」
と言っていました。

収容所の1画にある死の壁。
数千人がこの壁の前で銃殺されたと言われています。
部屋からその様子が見えないように窓には木の板が打ち付けられています。

Auschwitz (93)

アウシュビッツに収容されたのは主にソ連兵の捕虜、政治犯、一般犯罪者、同性愛者でした。

強制収容所に貨物車で連れてこられると、「選別」が行われます。

「強制労働」か「人体実験」か「価値なし」
「価値なし」に選別されたらそのままシャワーを浴びると言われ、
 クレマトリウムのガス室へ送られます。

Auschwitz (111)

天井には穴が開いておりそこからサイクロンBが投げ込まれました。

Auschwitz (112)

もがき苦しみながら死を迎えると、被収容者によって、
金歯や髪の毛などを取られ、隣にある焼却炉で燃やされたそうです。

Auschwitz (114)

即刻ガス室送りを免れた人々は被収容者として登録されました。
番号で呼ばれるようになり、私物はすべて没収。
与えられた縦じま模様の衣服が唯一の所持品です。
この衣服には政治犯や同性愛者、ユダヤ人、一般犯罪者などを意味する
形や色が異なるアップリケのようなマークが胸元に付けられていました。

被収容者たちの暮らしは過酷でした。
わずかな食料と不衛生な環境で栄養失調、伝染病などで亡くなったり、
厳しい冬の寒さのために亡くなることもあったそうです。

そして人体実験には子供が対象となることもあったようです。
目を青くするために色素を注入する実験や新薬や毒の投与実験、断種実験など
が行われ、そのために亡くなったり障害が残ったりしたそうです。

1945年にソ連軍が解放するまでこれが続きました。

1947年、初代所長、ルドルフ・ヘスの絞首刑が行われました。
その絞首台が残っています。

Auschwitz (108)

アウシュビッツの見学を終えると、乗ってきた車でビルケナウへ。
ビルケナウはアウシュビッツよりも後に建てられた強制収容所。
被収容者のほとんどはユダヤ人だったそうです。

収容所内に直接引き込まれた線路。

Birkenau (8)

当時の貨物列車。
こんな窓もない小さな車両に乗って連れてこられました。

Birkenau (12)

ビルケナウは東京ドーム37個分とかなり広大な敷地面積です。
こちらにもガス室のあるクレマトリウムなどがあったようですが、
ドイツ軍が証拠隠滅のために破壊したということです。

Birkenau (27)

最後に監視塔に登らせてもらいました。

Birkenau (49)

ガイドさんは最後にこう言っていました。
「犠牲者の苦しみを伝えられる、来てくれてどうもありがとう。」

アウシュビッツ=ビルケナウ強制収容所はこの過ちを二度と犯さないためにと、
負の遺産として世界遺産に登録されています。

ここでの見学を終えると、ヴィエリチカへ向かいます。
長くなりましたが続きは次回にします。
最後まで読んでくれてどうもありがとうございました。

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